ヤマトイワナ増魚計画 Vol.1 by Toru Ueda

  • ヤマトイワナの棲む南アルプスを望む。
    ヤマトイワナの棲む南アルプスを望む。

    多くのフライフィッシャーにとって、ヤマメ・アマゴは特別な存在だろう。比較的フライを選り好みすることなく、近距離から叩いて釣り上がるイメージのイワナとは違い、繊細な釣りと確かな技術を要求される。僕のような素人は百戦錬磨の彼らに、一笑に付されることの方が多い。ゲーム性の高さだけではない。何より一番の魅力は、その美しさだ。

    海外のフライフィッシャーが(決まって)満面の笑みを浮かべ、両手で抱えるランカーサイズのブラウンやレインボー(はたまたタイメン!)よりも、パーマークの美しいヤマメやアマゴに心を惹かれる。名付けた人はすごい!「山女魚」とは言い得て妙だ。
     しかし、僕らにとって「ヤマトイワナ」もまた、特別な存在なのだ。オショロコマ・ミヤベイワナ・アメマス(エゾイワナ)・ニッコウイワナ・キリクチ・ゴギ。日本列島の各地には様々なイワナが棲息する。ヤマトイワナに限らず、どこか人懐っこいようで愛嬌のある、イワナを愛するフライアングラーも多いだろう。
    この大井川をはじめ、中部地方に分布するのが「ヤマトイワナ」だ。ただでさえアクセスの悪い南アルプスの(関東の釣り師にとっては東北のほうが近いくらい?)、そのまた奥地。何時間も歩き(へつり?)、たどり着いた桃源郷で出会う一匹の無垢なイワナ。多少ドラッグがかかっていても、まるで毛鉤なんか見たことないと言わんばかりのゆったりとした動きで、疑うこともなくフライをくわえる。ニッコウイワナのような白点がなく、側線付近に黄金色の斑点が並ぶ。山岳のサカナらしくヌメっとしていて、頭やヒレが大きく発達している。そして、本流のアマゴに匹敵するほどの体高(僕らはタチウオのように指4本!とその大きさを測る)。その体躯の豊かさはラインを介してロッドに伝わり、まるで一回り大きなサカナのようなファイトを味わえる。腹はぷっくりと膨れ、心なしかいつも満足そうな顔をしている(僕もお決まりの笑顔)。その魚体が、豊かな環境を雄弁に物語る。ヤマトイワナは南アルプスの象徴なのだ。

    体高のあるヤマトイワナ
    体高のあるヤマトイワナ

    僕はこのイワナが、何世代も前から、人間が釣り糸を垂らし始めるずっと前から、この沢で悠々と泳ぎ、豊富な餌を食べ、その遺伝子を静かに受け継いできたことを切に願う。そしてこれからも、南アルプスのシンボルであってほしいと、心から望む。

    南アルプス、大井川のヤマトイワナ再生活動記。無秩序な放流により、出会うことが困難となった純血ヤマトイワナの種魚捕獲、稚魚育成などの活動の様子を連載予定。

    赤石岳と並ぶ南アルプス南部の主峰、悪沢岳。ここからも多くの沢が生まれ、大井川に流れている。
    赤石岳と並ぶ南アルプス南部の主峰、悪沢岳。ここからも多くの沢が生まれ、大井川に流れている。